惣右衛門扮
【そうえもんさばき】

旧国名:播磨
(近世)江戸期~明治13年の村名。播磨国揖西(いつさい)郡のうち。江戸期には「西構之」を注記される出屋敷村,西構村枝郷の出屋敷村の一部でもあったと思われる。明治初年には惣右衛門捌とも書いた。揖保(いぼ)川下流と同川支流林田川との間。江戸末期までに長右衛門扮から分村して成立か。竜野藩領。「旧高旧領」では西構村481石余のうちに含まれる。竜野藩領分明細帳(八瀬正秋文書/竜野市史5)によると,西構が注記される善兵衛と見え,宝永3年長右衛門扮のうちから分かれたといい,当村に人家はない。宝暦年間の同帳(矢本博文書/同前)によれば,西構村が注記され,高35石余,家数12。明治13年西構村の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7160051 |





