中山寺
【なかやまでら】

旧国名:摂津
紫雲山中山寺・仲山寺とも書いた。武庫(むこ)川支流天王寺川(足洗川)上流右岸,長尾山麓。中山寺は聖徳太子の創建という古刹。はじめは奥の院の所在地付近にあったといわれる。西国三十三か所観音霊場24番札所。養老年間徳道上人が閻魔大王から授けられた三十三か所印を納めたという伝説もある石櫃は,境内の横穴式石室古墳の玄室にある家形石棺をさすのであろう。本尊十一面観音立像は平安前期の彫刻。寺は数度の戦火に焼失を重ねたが,荒木村重の乱後,豊臣秀頼によって慶長8年再建。再興棟札や慶長8年銘の鉄製釣灯籠,秀頼筆の「豊国大明神」の神号書幅などを所蔵している(宝塚市史)。中山寺は安産祈願の観音として古くから近畿一円の信仰を集めている。33観音が星にのって中山寺に集まるという8月9日(旧7月9日)を「ここのかび」と呼んで,この日に参詣すると4万6,000日分参詣の功徳があると言い伝える。
【中山寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中山寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。
【中山寺(近代)】 昭和45年~現在の宝塚市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7161543 |





