西島①
【にしじま】

旧国名:播磨
古くは島と呼ばれた(采邑私記)。赤根川の河口西側,印南野が海に突き出した岬。島の地名の由来は,岬が島のようになっていることによる説(西明諸記),行基が摂播五泊の1つ魚住の泊を築いて以来,築島・島と呼ばれたことによる説(長楽寺縁起)がある。江戸期の「明石より姫路まで往来名所上みち下道たてばゑずひとり案内」には島村とあり,魚住荘に属している。のちに東島村・西島村に分かれたという(采邑私記)。地内には,「万葉集」にもうたわれた名寸隅(なきすみ)の船瀬(魚住の泊)跡・魚住城跡がある。
【西島村(近世)】 江戸期~明治8年の村名。
【西島(近代)】 大正9年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7161845 |





