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西下郷荘
【にししもざとのしょう】


旧国名:播磨

(中世)鎌倉期~室町期に見える荘園名。播磨国加西郡のうち。文治4年5月12日の後白河法皇院宣によると,播磨国における梶原景時が知行所内での郎従の狼藉停止の対象地として,西下郷があげられている(吾妻鏡文治4年6月4日条/鎌遺327)。「勘仲記」弘安4年4月22日条に「後堀川法華堂領西下郷庄」と見える(大成)。嘉元4年6月12日の昭慶門院御領目録に,室町院(暉子内親王)御領として西下郷荘があり(竹内文平氏所蔵文書/鎌遺22661),国衙領としての西下郷が荘園化している。当荘の負担は冷泉為成に年貢5,000疋,後堀河院法花堂寺用が1万疋,中御門為方に年貢2万疋となっている。応永15年9月30日後小松天皇は,当荘を義仁親王に宛行った(随心院文書/大日料7‐10)。また,「経覚私要鈔」康正3年9月3日条によれば,当荘の一部は東大寺東南院領とあり,僧圭光房が押領していた(纂集)。加西市西剣坂・東剣坂付近に比定される。。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7161850