繁昌
【はんじょう】

旧国名:播磨
古くは半町と書いた。加古川支流万願寺川下流域。文禄4年8月14日豊臣秀吉より木下肥後守に与えた朱印状に「賀西郡半丁村」とあり(岡山市足守文庫),半町の字を江戸初期に嘉字「繁昌」に替えたものと思われる。半町は条里制の1町の半分を思わせる。沖積平野の1町の美田を万願寺川が二分してできたとも考えられ,一説に名田の名残とする説もある。地内に白鳳期の寺院跡や白鳳石造五尊仏(国立奈良博物館保管),式内社の乎疑原神社もある。
【繁昌村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【繁昌(近代)】 明治22年~昭和42年の大字名。
【繁昌町(近代)】 昭和42年~現在の加西市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7162540 |





