的形
【まとがた】

旧国名:播磨
西浜川河口右岸。地名の由来には次の諸説がある。当地は往時入江で,その形が円形で的の形に似ていたことによるという説,昔,潮が引いた時に歩いて通れたので待潟と名づけ,それが的形に転訛したという説,的は円形の意で,当地の山の形から的形というようになったという説,往古神功皇后が朝鮮出兵の途中,当地の丘の上に的を立て弓を射て戦勝を祈ったことによるという説,中世の頃,当地近辺で戦があり,兵が集まって的を立て,軍術弓馬を試みたことによるという説など(増訂印南郡誌)。万葉の古歌に詠まれ,また,僧行基による塩浜の開発や海岳寺の開基についての伝承があり,神功皇后が征西の途次参拝したという湊神社(大歳大明神)などがある。小島の円光寺前には,古墳時代の石棺に施刻した永和3年銘の石仏がある。なお,行基菩薩が開いたという摂播五泊の1つ韓泊(からどまり)の港は,当地西隣の福泊の古称といわれてきたが,近年的形説も主張されている。
【的形荘(中世)】 南北朝期に見える荘園名。
【的形村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【的形村(近代)】 明治22年~昭和32年の印南【いんなみ】郡の自治体名。
【的形(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7163804 |





