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飯盛塚
【いいもりづか】


旧国名:大和

寺川上流右岸に位置し,同川に大谷川が注ぐ。地名の由来は,烽火をあげる火守塚がなまったという説(民俗学辞典),飯を茶碗に盛り上げたような丸い山の意であるとする説(地名語源辞典)がある。当地の場合は以前桜の木が多く,ふもとから遠望すると飯盛りのようであったとか,この地の西にある小山が飯を盛った形に似ていることから起こったともいわれる(桜井町史続)。「多武峰少将物語」の著者とされる藤原高光(如覚禅師)は晩年多武峰(とうのみね)に入って正暦5年飯盛塚で死ぬが,東方の山上に彼の墓と称する五輪塔と宝篋印塔とがあり,明治初期まで高光講が行われてきた(桜井市史下)。
飯盛塚荘(中世)】 室町期から見える荘園名。
飯盛塚町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
飯盛塚(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7165309