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石井戸荘
【いしいどのしょう】


旧国名:大和

(古代~中世)平安期~室町期に見える荘園名。山辺郡のうち。①石井戸荘。興福寺雑役免(進官免)荘園。延久2年の雑役免帳に「石井戸庄七町 公田也」とある。荘田はすべて公田からなり,山辺郡13条4~6里,14条6里の合計12か坪に散在・分布する。この坪付は現在の天理市兵庫町・新泉(にいずみ)町・西長柄(にしながら)町のうちにあたる。鎌倉期,正治2年(弘安8年写)の維摩会不足米餅等定(興福寺文書/鎌遺15590)には「石井戸庄米三石五斗……餅百四十枚」と見え,興福寺維摩会の用途を負担した。②石井戸荘。一乗院門跡寄所。貞和3年2月日付興福寺段銭段米帳(春日大社文書4)に山辺郡の一乗院方荘園として「石井戸庄 十五町八段……上野公悉抑留之」。南北朝期には南党方の勢力下にあって一時退転していた。応永6年正月18日付興福寺段銭段米帳(同前)にも同地積で記載がある。応永34年の一乗院昭円講師段銭納帳(天理図書館所蔵文書)には「山辺郡 定使虎松……石井戸〈二貫文納之〉」と記す。寺門・門跡から段銭・段米なども賦課された。




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「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7165379