滝倉
【たきのくら】

旧国名:大和
大和川(初瀬川)上流左岸に位置する。地名は滝倉権現にちなむ(磯城郡誌)。延喜21年2月27日太政官符(類聚符宣抄)に「従五位上滝倉明神〈坐大和国〉今奉授従四位下」と見え,「紀略」天慶3年9月4日条に「大和国滝倉神正二位」とある。また「今昔物語」巻19第42話に「今ハ昔,長谷ノ奥ニ滝蔵ト申ス神在マス。其ノ社ノ前ニ檐(ノキ)合セニ,三間ノ檜皮葺ノ屋有リ」と見える。谷にせり出たこの前の屋が突然崩れ7,80人ほどが谷底に落ちたが,神の助け,観音の護りのあった少数が生き残ったとある。
【滝蔵郷(中世)】 鎌倉期から見える郷名。
【滝倉村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【滝倉(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7167866 |





