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超昇寺跡
【ちょうしょうじあと】


奈良市佐紀町にある寺跡。「三代実録」貞観2年10月15日条に「大和国平城京中水田五十五町四段二百八十八歩施捨不退超昇両寺」とあるのが初見。超昇寺は,平城天皇の第3皇子である真如法親王(高岳親王)の発願といい(建久御巡礼記),永延年間の末頃には興福寺住僧の清海聖人による法華三昧堂の建立があり(諸寺縁起集),南都の15大寺の1つに数えられた(十五大寺日記)。室町期に入ると,長禄3年に塔坊が焼失し(寺社雑事記),さらに天正年間には井戸若狭守の兵火に罹って頽廃した(和州巡覧記)。奈良市佐紀町字亀畑には江戸期に建立された超昇寺が明治10年頃まで存在し,亀畑から北方の一帯は明治9年までは超昇寺村・古超昇寺村・新超昇寺村と呼ばれ,さらに元禄13年以前には山陵・歌姫・横領・門外・常福寺・西畑・山上までを含めた地域が超昇寺村と呼ばれたという(平城村史)。亀畑の北方には本堂畑・塔ノ坊・寺畑の字名が残り,本堂畑から瓦当に「建長二年超寺庚戌四月」の銘文のある軒平瓦なども出土していることから,この付近に平安期建立の超昇寺を考えることができよう。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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