鳥見
【とみ】

旧国名:大和
鳥見・迹見・登弥・富などと表記する。富雄川沿いの古地名。鳥見は鳥貝(鳥飼)を誤写した結果生じた地名か(富雄町史)。鳥飼部を二字化した鳥部(とべ)からトビ・トミに変化し,一方ではトリカヒの音も併存したとも考えられる(地名伝承論)。鳥名の鵄に付会して金鵄伝承が発生したものか。すなわち神武即位前紀戊午年12月丙申条によれば,皇軍が長髄彦の軍と戦いを交えた折,金色霊鵄が飛来し皇弓の弭に止まったため,長髄彦はその光によって戦意を失い破れた。この時から「長髄邑」は「鵄邑」と称され,「今鳥見と云ふは,是訛れるなり」と見える鵄邑伝承地の1つ。また「旧事紀」天孫本紀には,饒速日尊が天神御祖の詔をうけて天磐船に乗り河内国河上哮峰に天降し,次いで「大倭国鳥見白庭山」に遷座したとあり,また饒速日尊は長髄彦の妹,御炊屋姫を妻とし,天羽々弓・天羽々矢・神衣帯手貫の三物を「登美白庭邑」に隠し納め,墓とするように夢告したとある。
【登美(古代)】 大和期から見える地名。
【鳥見(古代~中世)】 平安期から見える地名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7168283 |





