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般若寺
【はんにゃじ】


旧国名:大和

奈良の市街地(江戸期の奈良町)の北端部,奈良町北部低丘陵(平城山)に位置し,京街道に沿う。地名の由来は,街道東側にある般若寺にちなむ。古くは京街道(奈良坂越)を般若道(路)ともいった。「権記」寛弘4年2月30日条に「巳剋出佐保殿,余越般若道,渡泉河」とある。また久安5年8月14日付僧祐善田地売券(大橋文書/平遺2675)には水田3反余の所在地として「在大和国添上郡東大寺般若道坂下」と見えるが,同田地の四至に「限西御墓堂」とある。当地の南東部は古く般若野と称する墓地であり,保元の乱で敗死した藤原頼長の墓は「大和国添上郡河上の村般若野五三昧」のなか,大路(京街道)から東へ1町余入った所に玄円律師・実済得業らの墓と並んであったという(保元物語下左大臣殿の御死骸実検の事,平家物語巻3赦文など)。「寺社雑事記」文明5年12月7日条にも興福寺僧葬礼の地として「般若寺野」が見える。なお応永14年2月25日付東大寺年預五師文書勘渡状(東大寺文書/大日料9-7)には「一通宮住郷与般若寺屋敷相博和与状案」とあって,室町期には近隣宮住郷と屋敷地をめぐって相論しており,在家も増加していたとみられよう。
般若寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
般若寺町(近世)】 江戸期~明治17年の町名。
般若寺(近代)】 明治22~36年の大字名。
般若寺町(近代)】 明治36年~現在の奈良市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7168938