飯高
【ひだか】

旧国名:大和
曽我川下流右岸に位置する。延暦6年6月26日正倉院御物目録(正倉院文書/平遺4285)に「飯高命婦」が天平宝字2年12月16日に正倉院蔵の冶葛3両を内に進めたと見える。また「姓氏録」左京皇別上の源朝臣条に源朝臣常と明の母は飯高氏の出身であると見える。「後紀」弘仁2年閏12月乙卯条には「飯高宿禰姉綱」の名がある。
【飯高(古代~中世)】 平安期から見える地名。
【飯高村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【飯高(近代)】 明治22年~昭和32年の大字名。
【飯高町(近代)】 昭和32年~現在の橿原市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7169066 |





