保津
【ほつ】

旧国名:大和
古くは穂津とも書き,「ほづ」と訓ずることもあった。奈良盆地中央部に位置する。古代地名の穂積(ほうづみ)を引き継ぐもので,稲穂を積んだ所という意味であろう(平野村史)。「大和志」「万葉代匠記」は「万葉集」巻13に詠まれる「みてぐらを 奈良より出でて 水蓼 穂積に至り 鳥網張る」(3230)の穂積を当地に比定し,「大和志料」下も「姓氏録」左京神別上などに見える穂積朝臣氏の本貫地とする。ただし現奈良市東九条町にあった穂積寺付近とする説もある。中世以来の環濠集落で,遺構が比較的よく残っている。
【保津荘(古代~中世)】 平安期から見える荘園名。
【保津村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【保津(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7169395 |





