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吉野山①
【よしのやま】


旧国名:大和

大峰山脈の北端,吉野川支流丹治川上流域に位置する。集落は吉野山の尾根伝いに発達し,街村を形成している。中心に金峰山寺蔵王堂がある。吉野山から山上ケ岳の連山は,み金の岳,あるいは金峰山と呼ばれ(青根ケ峰を金峰山と呼ぶ説もある),吉野修験道の発生地となり,わが国修験道のメッカに発展した。「万葉集」では,吉野の山・吉野の岳・御金の岳・水分(みくまり)山・高城の山・青根ケ峯・耳我嶺・耳我山などとあるが,平安期には吉野の山が一般的に使用され,やがて固有名詞としての吉野山がでてくる。吉野を代表する山という意味であろう。初見は「旧事本紀」の「茅渟県大陶祇女 随糸尋人 入吉野山 留三諸山」とする(地名辞書)。吉野山は修験道の総本山金峰山寺蔵王堂の所在地で,堂塔伽藍が建ちならび,吉野山はその門前町として発達した。中世には,武装兵力を有し,当時最強の要害を誇った。後醍醐天皇はこれを頼って南朝行宮をここに置いた。「歌書よりも軍書に悲し吉野山」と詠まれ,南朝遺跡が多い。吉野山はまた桜の名所である。全山十万本と称される。古来桜は蔵王権現の神木とされ,伐採することを許されず,枯枝といえども薪にしないという信仰が守られた。そして平安期から苗木の寄進が行われ,以後歴代有名無名の人々の手で植込まれてきた。西行法師は「吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ」と詠み,安原貞室は「これはこれはとばかり花の吉野山」と詠じた。大正13年史跡名勝天然記念物に指定され,日本有数の観光地になっている。
吉野山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
吉野山(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7170074