丸部里
【わにべのり】

旧国名:大和
(古代)平安期に見える条里の里名。添下郡のうち。東京大学文学部所蔵京北条里班田図(荘園絵図聚影)に見える京北2条2里の呼称。14・23・26・35坪に位置する院池(新海池)は,現在のいぬ池に比定できる。坪名は1坪秋篠寺田,10坪家依田,11坪新相田,12坪沢町田,13坪井手田,14~16坪芒作田,17坪池上田新開,24坪上井田,25・36坪古家田,27坪池上田,31・32・34坪秋篠田,33坪古波田となっている。ちなみに鎌倉期の「西大寺田園目録」には,1坪2段を建長3年2月24日,実西忌日のため購入,36坪内1段字井タリノ田,秋篠二池ノ尻は永仁6年11月4日常円房が無縁病無助縁料として施入されている。現在の奈良市秋篠町北部付近に比定される。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7170188 |





