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大辺路
【おおへち】


中辺路(なかへち)に対する称で,熊野街道の1つの田辺から海岸沿いに新宮に至る道筋。32里(124km)の行程。辺路は遍路の意味。なお寛政6年の「熊野巡覧記」には田辺~那智濱の宮間が大辺路とある。田辺~新宮間は中辺路経由より長い。成立年代不詳。険阻な道であるため陸路より海路が多く利用され,「万葉集」にも港や船出の歌が多く残されている。近世に入ると回国巡礼者や修験道者の道として利用された。交通上の諸施設の1つ,馬次(伝馬所)は朝来・高瀬・安居(あご)・周参見(すさみ)・和深川・和深・有田(ありだ)・鬮野川(くじのかわ)・古座(こざ)・下田原・庄・和田・市屋・濱ノ宮・三輪崎・新宮(紀陽道法記)とあった。しかし交通量も少なく,古来のしきたりとして,口熊野では村の引高もなく賃銀ももらえなかった。ただ新宮領内は役引はあったという(南紀徳川史)。そこで伝馬継が困難な場合は浦次で逓送してもよかった(同前)。したがって交通の結節点でもある港に集落が集まり,交通輸送上の基地にもなった。とくに良港をもつ周参見浦には口熊野の代官所・奉行所が,古座中湊村には御目付役所が置かれた(同前)。また周参見から佐本経由で古座に通じる古座街道があった。海岸段丘の段丘面・段丘崖を上下する険阻な道に馬転(うまころび)坂・長井坂・富田(とんだ)坂・仏坂など大小46か所の坂があり,明治26年ごろには田辺から東富田村十九淵(つづらふち)までしか車が通らなかった(紀伊繁昌誌)。大正2年以降仮定県道,昭和33年国道42号になり,改修工事も行われ,本県内の幹線道路・観光道路となった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7170794