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南部梅林
【みなべばいりん】


日高郡南部川村晩稲(おしね)にある梅林。日高郡には約700haにわたって梅が栽培され,当地はその中心地。江戸期には梅林は免租地で,海岸に近い南部町埴田(はねた)などに多くみられ,梅干に加工して田辺港から江戸に積み出されていた。明治中期からの養蚕業の導入は海岸部の梅林をしだいに桑園に変えていった。晩稲は駄馬の村であったが,このころから丘陵地が新たな梅林として開墾が急速に進んだ。それを促したものは,コレラや赤痢などの疫病の流行と日清・日露の戦役であった。疫病に対しては梅エキスとして,戦役に際しては従軍兵士の兵糧の梅干として需要が急速に増大したためである。大正15年には梅の加工組合も誕生したが,昭和6年の紀勢西線(国鉄紀勢本線)の開通によって青梅の出荷が増大し,品種改良も重ねられて,次第に果肉の厚い品種へ転換されてきた。現在でもわが国の梅干の大半を生産している。毎年2月の開花期には一目十万本をキャッチフレーズに観光梅園として観光客を集めている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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