秋里
【あきさと】

旧国名:因幡
鳥取平野の中央を北流する千代(せんだい)川の下流右岸に位置する。昭和初期の河道付替え以前は同川左岸にあたり,当地は日本海への出入口である賀露(かろ)港(現鳥取港)と,千代川中流の地域や袋川の舟運により鳥取城下とを結び,その交通が容易であったため,河川交通の要地であった。集落は,千代川の自然堤防を利用した微高地に形成され,周りは海抜3m内外の低平な耕地である。地名の由来は不詳。中世秋里氏の居城があったことにちなむとの伝承があるが,秋里氏が地名を冠して名乗ったと考えられる。地内には祭祀遺跡として弥生時代からの秋里遺跡があり,昭和49年から同54年まで5回にわたる発掘が行われた。
【秋里(中世)】 戦国期に見える地名。
【秋里村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【秋里(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7174119 |





