上野
【かみの】

旧国名:因幡
八東(はつとう)川下流左岸の段丘上に位置する。地名の由来は,「因幡志」によると,八上(やかみ)・八東の両郡が1郡であった時は野村と称したが,同名の村が2か村あったため,八上郡の野村を下野(しもの)村,八東郡の野村を上野村として区別したことによるという。なお,下野村は下村とも書く。古くは両村は1村であったという。野村の称は,当地にある野々宮神社に由来するか,神号が野村の村名によるかは不明。同社は,孝謙天皇天平勝宝元年11月の西薬園新宮と,光仁天皇宝亀2年11月の太政官院の大嘗会において因幡(いなば)国が悠紀殿に卜定された際に,稲を貢納したという。また,当地の南には万人坑という古墳があり,五輪の高さ5尺の碑が3,4基ある(因幡志)。
【上野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7174886 |





