絹屋
【きぬや】
旧国名:伯耆
法勝寺川の支流絹屋川の上流域に位置する。西端の出雲国井尻(現島根県伯太町)へ越す峠は,数ある出雲越えの峠のうち最も簡単に越せる低い峠で,古来人馬の往来も多く,永禄年間には尼子氏と毛利氏の激闘もあった。砦跡と考えられる天万固屋(小屋)とか高小屋の地名とともに,高さ180cmの五輪塔が残っているが,往時の戦死者の供養塔という。地内には古墳39基があり,うち1基は前方後円墳。
【絹屋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【絹屋(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7175052 |