大覚寺
【だいかくじ】

旧国名:因幡
古くは大学寺と書いた(藩史5)。千代(せんだい)川下流右岸の沖積低地に位置し,南部を大路川が流下する。「因幡志」によれば,かつて,倉田八幡宮の神宮寺である大覚寺があったと考えられ,五輪塔などが多く出土したことなどから広大な霊場であり,放生池もあったという。また,倉田社記には台覚寺とあるという。大路川はたび重なる洪水を起こしたが,現在は堤防が改修され,従来のような洪水による氾濫のおそれはなくなった。
【大覚寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大覚寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7175783 |





