東町
【ひがしまち】

(近代)明治11年~現在の町名。もとは神坂村の一部。江戸期には地内のほとんどが鳥取藩倉吉組の武家屋敷地であった。倉吉市街地の東部に位置し,西は桜川,北は玉川,南は二葉山に面する。北は荒神町,東は湊町,西は葵町と接する。寺院に曹洞宗の万祥山大岳院がある。慶長11年倉吉城主中村伊豆守が建立したもので,境内には,伯耆(ほうき)山名氏没落の悲話にまつわる胡麻姫八幡社や,房総から倉吉へ左遷された里見忠義主従の墓が置かれ,寺宝に北宋時代古三彩皿がある。また,法華宗八幡山隆泉寺がある。幕末から明治にかけて藩士の前田政兼・真民父子が和歌・国学の塾を開き町民に教授している。明治22年倉吉町,昭和28年からは倉吉市に所属。天理教倉吉分教会が明治28年に設立された。昭和51年県立図書館が移転。世帯数・人口は,昭和35年209・769,同55年215・609。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7176608 |





