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伏野
【ふしの】


旧国名:因幡

湖山池の西北,通称鳥取西砂丘の中部に位置する。北は日本海に面し,南は低い丘陵地。地名は,記紀に記される「稲羽の素菟(はくと)」神話に由来するもので,野原で伏して泣いていた白兎が大国主命に救われた地であることにちなむと伝えられる。また,当地には古くから伏野長者伝説が伝わる。伏野長者は広大な水田の田植えを1日でするのを習わしとしていたが,ある年1日で終わらず夕方になってしまったため長者は高楼に登って,日の丸の金扇で沈む夕日を招き返して田植えを終わらせた。そのため神罰をうけ,一夜のあらしで水田は湖水と化し,長者は没落した。その湖が湖山池だという。長者の屋敷跡を長者屋敷,毎年のもみがらを積んだところを「すくも塚」,長者の納経の地を経塚などといい,長者縁りの地名が残った。伏野長者は,吉野村の花慶山光良寺の建設にも力を尽くし,本尊の薬師像なども長者の寄進という。さらに,因幡(いなば)最大の古刹である邑美(おうみ)郡の摩尼寺の帝釈天は長者の娘の化身であり,細川村の清泰寺は長者の建立であると伝える。地内の低山上に村公三太兵衛の居城といわれる伏野城址がある。その付近の正寛寺には,五輪塔が多数あり橘の紋が刻まれてあったと伝えられ,「差尾谷」に古墳があるというが,いずれも詳細は不明(末恒村誌)。地内に,縄文および弥生土器が出土する溝川遺跡・末恒遺跡,銅鏃・弥生土器が出土する中ノ茶屋遺跡がある(県遺跡地図)。
伏野保(中世)】 鎌倉期に見える保名。
伏野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
伏野(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7176763