法花寺
【ほっけじ】

旧国名:因幡
袋川中流左岸部,因幡三山の1つ今木山の西南山麓に位置する。地名の由来は,因幡国分寺の法華尼寺があったことにちなむ(因幡志)。法華寺は三代寺川流域に400町歩を領する大寺院であったというが,その跡は残っていない。今木山には前方後円墳1基がある。今木山の西麓に日常上人産湯の泉がある。日常上人は日蓮宗初期の高僧で,俗名富城播磨守または左衛門尉常忍,建保4年2月当地を領す左衛門尉行光の次男として富木郷の領主館で生まれ,富木郷のほか甲斐国休息・下総国中山郷の領主となって鎌倉幕府に仕えたのち,日蓮宗に帰依して日蓮の片腕として布教につとめ,下総国中山法華経寺を起こした。今木山城跡があり,秋里左馬允・福田氏・菅沼氏・山田氏らが在城したと伝承する。
【法花寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【法花寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7176871 |





