吉方町
【よしかたちょう】

(近代)明治12年~現在の町名。昭和35年からは1~2丁目がある。邑美(おうみ)郡吉方村の一部(下吉方と呼ばれた地域)が分離して成立。江戸期の鳥取城下に隣接していたため,次第に城下と家並み続きとなって町場化し,明治期に入って鳥取市街地に組み入れられた。明治22年鳥取市に所属。明治30年,町内に修立尋常小学校が置かれた。同校は明治5年に学制の開始とともに,寺町慶安寺境内に置かれた第二番小学校(後に修徳学校)が前身である。同32年より継続事業として校舎の拡幅整備が行われた。昭和35年一部が立川町1~5丁目・吉方温泉3丁目となり,残余の地域に立川町1~5丁目の一部を加えて1~2丁目となる。同50年の世帯数485・1,485(1丁目226・676,2丁目259・809)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7177366 |





