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北田町
【きたたまち】


旧国名:出雲

(近世~近代)江戸期~現在の町名。末次(すえつぐ)北田町ともいった。明治19~22年3月は松江北田町。江戸期は出雲国島根郡のうち。松江城下町の1つ。もとは末次村東北の沼沢地帯で,慶長年間の松江城築城の際,掘割の土砂で埋め立て起立した町。城の東方に位置し,四方に堀がめぐらされ,南の堀には上三枚橋・下三枚橋が架けられ南田町に対する。藩士の居住地で,南田町とともに延享年間には用屋敷5軒・役屋敷1軒・的場1軒・侍屋敷264軒・上り屋敷5軒・中屋敷2軒・土揚場1軒の計279軒を数えた(松江市誌)。西南隅の天台宗普門院は元禄2年当地に移転,藩主居所の鬼門にあたる当地に移転し千手院とともに松江城の鎮護をつとめることとなった。明治4年島根県に所属。同14年の本籍戸数116,うち旧藩士105・平民11。明治7年殿町小学校分校北田小学校設置,同13年廃止。同年殿町小学校が普門院に移り北田小学校となり,のち母衣(ほろ)町に移転。同22年松江市成立に伴い同市の町名となり,同年末次村字仙石屋敷,字田町の一部,奥谷村字大輪の一部を編入。同年の戸数51・人口315,大正12年の戸数60・人口251,昭和13年の戸数186・人口837。明治33年北田伝染病院(現在の市立病院分院),同37年松江育児院(現在の東光学園,西川津に移転)が設置。昭和30年の世帯356・人口1,361,同40年の世帯483・人口1,587。昭和42年東部に母衣小学校が移転。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7178755