阿部
【あべ】

旧国名:備中
「あい」ともいい阿部の字を当てた。高梁(たかはし)川支流成羽川下流域に位置する。当地は高梁川と成羽川の合流地に位置するため,昔から「あい」と呼ばれており,「備中集成志」には阿恵村と見える。「高梁市史」でも阿部(あい)の渡しと仮名をつけている。地内の低位緩斜面には赤羽根古墳群・拝頭古墳群・北山古墳などがあり,低地の氾濫原では弥生中期以降の土器片や須恵器片が採集されている。国道313号沿いの井谷橋付近にある恵堂地蔵は鎌倉期石造美術最盛期の作品で,「敬白勧進沙弥宗蓮 正和二癸丑十一月日」の銘が見られる。阿部の渡しには山中鹿之介の墓があり,小高い場所に鹿之介の遺骸を葬った観泉寺がある(高梁市史)。
【阿部(中世)】 戦国期に見える地名。
【阿部村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【阿部(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7182050 |





