院庄
【いんのしょう】

旧国名:美作
吉井川北岸の氾濫原を中心とする平野部に位置する。地名は後鳥羽院の荘園に由来し院の庄と称したという。鎌倉期以降歴代守護職の拠った所で,慶長9年森忠政津山城築城に至るまでは,美作地方統治の中心であったため,その名は史上しばしば登場した。なお「桜ほろ散る院庄」の歌で知られる作楽神社や,院庄館跡は隣接する神戸(じんご)にある。
【院庄(中世)】 南北朝期から見える地名。
【院庄村(近世)】 江戸期の村名。
【院庄村(近代)】 明治5~22年の村名。
【院庄村(近代)】 明治22年~昭和4年の自治体名。
【院庄(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7182318 |





