上加茂
【かみがも】

旧国名:備前
宇甘(うかい)川支流加茂川流域に位置する。地名の加茂は京都山城の地名を引用し,文覚上人が命名したという(加茂村地理歴史)。鴨神社は式内社と伝え,古くは郷の中心地であった。百々(とうどう)台地には弥生後期のものと思われる住居跡のほか,奥谷には30基もの横穴式古墳からなる野田古墳群,光盛には布目瓦が多数出土した加茂西寺跡がある。そのほか虎倉合戦の際に毛利勢が本陣を置いた清常城跡がある。なお康永元年6月28日の年紀を有する備前国一宮社法(吉備津彦神社文書)には「賀茂等上下村々在々」と見え,南北朝期頃には上・下に分かれていたと考えられる。
【上賀茂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上加茂(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7183055 |





