河原町
【かわらまち】

旧国名:美作
(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は津山城下の1町,町人地。明治22年津山町,昭和4年からは津山市の町名。津山城の南に位置する。東は伏見町,西は小姓町・船頭町,南は吉井川,北は京町に接する。当町内の吉井川の川岸に渡しがあって,水量の多いときは渡し船を使い,少ないと板橋をかけて歩いて渡ったという。町名の由来は,この河原に関係するものと考えられる。元禄10年の地下町図によれば,家数49うち持家39・借家10,人数589(男306・女283)。吉井川岸に津山藩の米倉庫があり,川戸蔵と称した。享保9年松平氏の命令で米倉に近い民家を長さ20間半ほど壊して南新座に移転したという(津山誌)。町年寄に大工忠兵衛・魚屋彦右衛門の名が見える。町内神に小桜神社があり,正徳年間の勧請と伝えられ,修験者大福院宅跡にあったという説と伏見町小桜屋所有宅地にあったという説がある。明治初期の戸数49・人口242(同前)。大正・昭和期に入って旅館・商家・住宅などが混在し静かな町となった。世帯数・人口は,昭和45年66・192,同55年47・122。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7183278 |





