下足守
【しもあしもり】

旧国名:備中
足守川流域,竜王山の南西に位置する。幡神社は応神天皇吉備行幸のときの行宮「葉田葦守宮」の遺跡と伝えられ,同社には豊臣秀頼寄進の神鏡(県重文)がある。また国重文の康安元年在銘の石鳥居がある。守福寺にある暦応元年銘の王子宮石殿は国重文。高松城水攻めのときの毛利七城の1つ冠山城跡がある。地内三井谷の入口付近に弥生式土器・土師器・須恵器が散布し,また約15基の小規模な円墳からなる湯舟谷古墳群,南坂には南坂古墳群がある。
【下足守村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下足守(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7184186 |





