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谷尻遺跡
【たんじりいせき】


縄文時代早期から近世に至る複合遺跡。上房郡北房町上水田字谷尻に所在。備中川右岸の河岸段丘上に位置し,旧河道が段丘北側裾部にまで及んでいる。中国縦貫自動車道建設に伴い,昭和48~50年に県教育委員会が発掘調査を実施した。遺構は縄文時代晩期の土壙,弥生時代中期の大溝,弥生時代後期前半の土壙墓群,弥生時代後期末から古墳時代初頭を中心とする住居群,古墳時代前期の傑出した大型の竪穴住居,古墳時代後期で広範囲に分布する住居群・溝,奈良期の掘立柱建物,中世の掘立柱建物群・墓などがあり,遺構の総数は283に及び,竪穴住居49,掘立柱建物38を数える。縄文時代晩期中葉の原下層式に比定できる土器群を出土した土壙内からは緑色片岩製の打製石斧(石鍬)32,サヌカイト製のスクレーパー17,石鏃5,凹石2,磨石1,砥石2,石皿1の総数60点の石器が伴出している。低位段丘上の縁辺部に所在する土壙,多数の土掘り具,石庖丁状のスクレーパーなどから縄文農耕を考えるうえでの貴重な資料を提供している。また,弥生時代後期末~古墳時代初頭では形態,整形技法において畿内色の強い多量の土器や,山陰・山陽地域の土器が比較的多く確認されており,両地域の中間に位置する県北山間部の遺跡のなかにあっても,周辺の遺跡と異なる性格を有している。さらに,古墳時代前期に床面積約140m(^2)をはかる方形の大型住居が出現している。住居を囲んで一周する幅70~130cm,平面形態が五角形を呈する溝が伴い,屋内構造も他の住居と異なり,壁体溝内に相対する24~26の小柱穴,さらにベッド状遺構,間仕切り溝などが設けられている。また,住居北西辺の中央部より左廻りで5脚の巴形銅器1点が出土しており,当住居の性格を知る手がかりとなっている。遺構の分布密度,各期にわたる豊富な遺物,占地場所を考慮すると,上水田盆地,ひいては北房町域に所在する古墳群の形成に中心的な役割を有した居住域であったことが考えられる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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