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長代村
【ながしろむら】


旧国名:備中

(近世)江戸期~明治9年の村名。備中国上房郡のうち。阿賀郡と上房郡の境の1つであった四ツ畝山北東の山すそに位置し,長代川沿いにわずかな平地が開ける。もと上有漢(かみうかん)村の一部で,村名は,村内中心部の平地に残る「長田」と「五十代」から名付けられたかと思われる。なお,応永19年4月下旬および同年5月29日の年紀を有する北野社大般若経奥書に「有漢保東長代真福寺住僧上野澄尊」「有漢保東長代真福寺上野澄尊」などと見える。はじめ松山藩領,延享元年から伊勢亀山藩領。延宝5年検地の古検高789石余,元禄8年の新検高1,032石余。なお慶長7年387石余という。「備中至宝記」「天保郷帳」もともに1,032石余,「備中村鑑」1,033石余,「旧高旧領」1,032石余。先の元禄検地帳によれば,反別は田53町・畑45町,小物成には楮2,843株・茶317株などがあり,屋敷数172,家持百姓数132・土地持百姓数160。天保13年では家数102軒(中津井村誌)と減少している。神社には西組の天神社と神明の岩山大明神があったが,現在は両社とも上有漢神社へ合祀されている。寺は真言宗黒滝山西福寺・広大山細尾寺(現臍帯寺)。禅宗の小室山無為庵もあったが,現在は廃寺となり所在地不詳。なお細尾寺は神亀3年行基の開創と伝え,江戸初期現在地に再興,享保年間頃から安産観音の寺として名声を高めて臍帯寺と書かれるようになったらしい。かつては長代銅山があり,金山・かじや畝・かなや・火づめ・矢迫などの地名も見られる。亀山県,深津県,小田県を経て,明治8年岡山県に所属。同9年上有漢村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7185374