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中之町
【なかのちょう】


旧国名:美作

(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は津山城下の1町,町人地。明治22年津山東町,同33年津山町,昭和4年からは津山市の町名。津山城の東に位置する。東は西新町,西は勝間田町,南は吉井川,北は上之町に接する。町名の由来は,寛永3年に東の林田新(はいだしん)町(のちの西新町)が城下に編入されたため以前から城下であった勝間田町との間を結ぶ中間の町の意味でこの名がついて同年城下に編入されたことによる(津山市史)。正保4年上之町の一部を分けて加え,元文元年南側の河岸にあった東鉄砲町を廃して払い下げ加えて市街とした。元禄10年の城下町図によれば,家数47うち持家45・借家2,人数466(男262・女204)。当町の道路東端はかぎの手に曲り,この大曲りには半鐘・板木が建てられ城下に急を告げる態勢となっていた。文政年間頃札元をしていた玉置宇平の津山文庫の話が伝えられている。三室屋恵吉の遺言によって子宇平は白銀1,000枚を藩主に献じ,書物を買う資金にすることを願った。そのため津山文庫が生まれ,宇平は三人口を給され,帯刀を許されたという。明治初期の戸数80・人口325(津山誌)。商店と民家が道路南北に並ぶ静かな町としての昔の面影を残している。世帯数・人口は,昭和45年84・292,同55年73・217。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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