中垪和谷
【なかはがたに】
旧国名:美作
吉備高原に属する垪和丘陵内,旭川の支流大瀬毘川の流域に位置する。大瀬毘川沿いと標高300m前後の緩傾斜面に大部分の散村集落や耕地が所在する。中世の末期には,垪和氏の一族竹内氏が勢力を持っており,毛利氏に属して当地内の一瀬山城に拠っていたが,宇喜多直家によって滅ぼされた。時の城主竹内久盛,その子久治・久勝兄弟は創始した武道竹内流を落城後世に広めたことで著名。
【中垪和谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中垪和谷(近代)】 明治22年~昭和28年の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7185423 |