西幸西
【にしこうざい】
旧国名:備前
吉井川最下流の左岸一帯に位置し,南は水門湾に面する。地名の由来は貞享元年に開拓された幸島新田の西方部が,同4年の検地によって幸西村と称されるようになり,その西部に位置することによる。古くは内海の一部に当たり,外波島(卒都婆島),羽島(大羽・中羽・小羽)・鍋島などの島礁が点在していた。外波島には源平の屋島の戦の戦死者を葬ったという千人塚の伝説が残る。
【西幸西村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【西幸西(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7185621 |