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西七区
【にしななく】


(近代)昭和40年~現在の灘崎町の大字名。もとは灘崎町西高崎地先の公有水面埋立地の一部。第七区の干拓は昭和16年藤田組が工事を開始,同18年農地開発営団が藤田組から公有水面埋立ての権利を譲り受け同19年着工,営団は同22年閉鎖。農林省が食糧増産のため事業を継承,同年9月国営工事となり,同26年入植を開始(灘崎町史)。同32年当地に灘崎小学校七区分校が設置され,同42年に廃止。翌年まで3年生が通学した。昭和27年から同47年まで七区全体の農協である備南農協が置かれた。昭和37年七区土地改良区が置かれ,副業として養鶏や採卵が行われ,同59年農業生産振興計画を町とともに推進し,ビール麦・施設ナス・マッシュルーム・レンコン・ナスの栽培,乳用牛の飼育が行われた(児島湖発達史・灘崎町史)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7185663