100辞書・辞典一括検索

JLogos

77

伏見町
【ふしみちょう】


旧国名:美作

(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は津山城下の1町,町人地。明治22年津山町,昭和4年からは津山市の町名。古くは片原町といった(津山市史)。津山城の南に位置する。東は材木町,西は京町,南は吉井川,北は山下に接する。片原町の由来は,道路の南側にのみ家並みがあり,北側は城濠に面していたからである。「津山誌」によれば,元禄12年から北側にも家を建てることが許され,伏見町と改めた。町名の由来は,京町の東にあたることによるとも,京の伏見の繁盛にあやかるためともいわれている。元禄10年の城下町図によれば,家数36うち持家26・借家10,人数476(男242・女234)。弘化3年に札元になった錦屋のほかに多くの有力な商人がいる商業町である。町の南河岸に臨んだ所に御木蔵と呼ぶ藩の材木庫と米倉,そして牢舎があった。真言宗不遠山本琳寺がある。戸川町の妙願寺とともに町の中の寺院として残された。本琳寺の寺域は広く,はじめ吉井川の土堤近くまであった。元禄年間に火災に遭い,天明年間の頃に再興,以後寺域が狭くなった。明治初期の戸数65・人口264(津山誌)。明治12年津山銀行が創立された。錦屋の森本藤吉が頭取で,支配人は浮田卯左吉であった。浮田卯佐吉は,同13年当町で座繰製糸を,同20年子佐平が機械製糸を始め,同45年合名会社浮田製糸会社を設立,資本金25万円であった。世帯数・人口は,昭和45年114・322,同55年82・224。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7186379