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北条県
【ほうじょうけん】


(近代)明治4~9年の県名。津山県・鶴田(たずた)県・真島県・倉敷県など美作国一円の旧県を統合して成立。美作国および讃岐国小豆島を管轄。権参事は小野立誠(敦賀県士族),参事は淵部高照(鹿児島県士族)。県庁は津山城下町にある元津山県の庁舎をあてた。明治5年正月小豆島を香川県へ移管。同6年5月26日西西条郡貞永寺村で一揆が勃発し,6月1日にかけて北条県全域に広がった。この徴兵令反対を主張した北条県血税一揆では家屋の破壊・焼失432軒,死傷者45人に及び,特に一揆の攻撃が行政機関に向けられるとともに,不幸にも解放令によって平民となった被差別部落住民に向けられた点が注目される。同年7月6日津山に司法省臨時裁判所が開設され,死刑15人を含め2万7,039人が処罰され,贖罪金として約6万円の大金が政府に課徴された。同7年1月北条県庁は「民会議事略則」を公布し,一揆後の新しい県政を開拓するため北条県民会を開設しようとした。町村会・区会・県会をそれぞれ設立し,開化の進め方・民費・教育・勧業問題などを討議しようとしており,特に政府へ上陳するという上願権を認めていることは血税一揆の成果と思われる。明治7年になると地租改正事業が進行するが,同年6月には「検査例第2則」という宛米(小作米)から地価を算定する方法を大蔵省租税寮に申請し,許可された。同8年5月には管下の各郡に目的額が下付されていくが,久米南条・勝南の2郡は連合して抵抗し,凶作年には検見取をすることを条件に請書を提出した。同8年の旱魃には,北条県は勝南郡へ地租額23%を減額したが,同9年の大旱魃では,すでに北条県は消滅したため減額の処置は果たされなかった。同9年4月統合されて岡山県となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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