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上魚屋町
【かみうおやまち】


旧国名:備後

(近世~近代)江戸期~昭和40年の町名。江戸期は福山城下の町人屋敷地。福山城の東,町筋は東西に伸び,東は府中町,南は桶屋町・米屋町,西は武家屋敷地,北は本町。町名は,地内に魚棚があったことに由来する。はじめ魚荷船は入川から福山城の外濠にはいり,東門の下を通って当町西端の北門近くの土橋から荷揚げしていたという。しかし藩主水野勝成が寛永末年頃に荷揚・糶商いの喧噪を嫌い,外壕への入口を築切りにしたため,魚荷の直揚げはできなくなった(福山志料・備陽六郡志)。「備陽六郡志」によれば,町の規模は131間余・1,424坪余,戸数132(本家34・表借家50・裏借家48)。「福山志料」では長さ131間余,戸数85・人数261。当町には魚座・あいもの座が認められ,藩の御用達をも勤める者もいるなど,独占的な特権が与えられていた(福山市史)。明治21年の戸数66・人口235。同22年福山町,大正5年福山市の町名となる。同6年の戸数50・人口254。昭和20年8月の空襲により全焼。同40年城見町1~2丁目となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7188335