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鉄砲屋町
【てっぽうやちょう】


旧国名:安芸

(近世~近代)江戸期~昭和40年の町名。江戸期は広島城下中通組に属す。鉄炮屋町とも書いた。広島城の南,平田屋川の西岸。町名の由来はもと鉄砲鍛冶が多数住んだことによる(知新集)。元和5年の城下絵図では町間数1町35間,寛永2年の家数改では本家6・借屋40。明暦4年の切絵図によれば小間数170間余,家数37うち材木屋6・鉄砲屋3・紙屋2など。「知新集」では石橋1・町門2,町間数3町2間余,家数47・竈数116(本竈20・借竈96)・人数576,うち本道医5,鍛冶・紺屋各4,桶屋・大工・塗物師・指物師各2,金具師・畳刺・木挽・茅葺・表具師・櫛笄師・判木師・陰陽道・轆轤座各1を記し,職人町であった。法安久次は浅野氏入国に随従した扶持職人で,当町に家宅を拝領し代々兜・鍔細工を業とした。鉄砲の金具師榎並屋清兵衛も浅野氏に従って来住。元治元年の御領分諸色有物帖には琵琶琴三味線細工の三田屋平右衛門,仙台織・村山織など各種の織物職人清助が載る。相撲長屋は中町筋角にあり,正徳2年郡役所長屋となったのち延享2年まで藩お抱え相撲取りが住んだ(知新集)。明治11年広島区,同22年広島市の町名となる。同33年の広島繁昌記所載の商店10,うち旅館4・運送屋2。大正6年の戸数163・人口638。昭和26年の世帯数65・人口289。同40年袋町・本通となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7189834