宮内①
【みやうち】

旧国名:備後
八幡川と支流砂田川の流域。地名の由来は,谷の西側山麓に御調八幡宮が鎮座することによる。虚空蔵堂跡から平安期の軒平瓦が出土。御調八幡宮は,宝亀8年藤原百川が備後国に流された和気広虫の配所に社殿を建立し,備後国封戸20戸を分け贈って創祀されたと伝え,平安末期に石清水八幡宮の御調別宮となった。御調別宮は,保元3年12月3日の官宣旨に石清水八幡宮寺領荘園の1つとして見え,元暦2年正月9日の社領注文にも,備後国では御調別宮と杉原別宮の名が挙げられている(石清水文書)。
【宮内(中世)】 戦国期に見える地名。
【宮内村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【宮内(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7191140 |





