矢口
【やぐち】

旧国名:安芸
太田川水系矢口川の流域に位置する。正応2年正月23日の安芸国在庁官人田所氏のものと思われる沙弥某譲状に,同氏の所従の中に「田門庄 矢口重員」とある(田所文書)。これによると矢口の在地名を冠する重員は地頭代馬入道阿仏に圧迫されていた。鎌倉期の成立とされる安芸国神名帳の「矢口明神」について「芸藩通志」は,矢口村内の賀茂神社が明神のうちとしている。天文23年8月8日の佐東郡北荘内打渡坪付や天正18年12月2日の佐東郡温井北荘内打渡坪付には,屋山・秋岡・はすか池・あつか原・柳か谷・友竹など当地内の小地名が見える(譜録)。文禄5年9月28日,毛利輝元は山県彦右衛門尉に対し,矢口新宮神田を宛行い,社役と郡役を勤仕するように命じた(閥閲録161)。その新宮神田は,田数3町7反7畝10歩・米45石8斗,畠数2反5畝代651文,屋敷1反7畝,家数7間代1貫220文,合わせて47石7斗2升5合代方共であった(同前)。
【矢口村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【矢口(近代)】 明治22年~昭和61年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7191303 |





