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須恵
【すえ】


旧国名:長門

厚東(ことう)川と有帆川に挟まれた地域に位置し,南・西は周防(すおう)灘に面する。中世の須恵郷に当たり,地名の由来は,6世紀末の須恵器生産にちなむと思われ,現在も南部に大須恵や焼野の地名がある。須恵窯の遺跡は昭和48年発掘調査の松山窯跡で,多数の須恵器を出土した(小野田松山窯)。須恵窯はこのほか数か所確認されたが現在破壊されている。「延喜式」年料雑器に載る「長門瓷器,大椀・中椀・小椀・茶碗・花盤・花形塩坏・瓶」の生産地に比定される。南部にある本山半島には竜王山があり,瀬戸内海を航行する船からは,絶好の目標とされ,本山(もとやま)と呼ばれていたらしい。文禄4年閏8月25日,李氏朝鮮の通信使として来日した黄慎が,その著「東槎録」の中で,帰国の途中,周防国佐波(さば)郡天神浦を早朝に出帆,この夕方倭人が「謀道野麻(もとやま)地方」と称するところに仮泊し,深夜発船したと記している(県史料中世上)。
須恵(中世)】 南北朝期から見える地名。
須恵村(近世)】 江戸期の村名。
須恵村(近代)】 明治22年~大正9年の厚狭郡の自治体名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7193263