鋳銭司
【すぜんじ】

旧国名:周防
南若川の上流高橋川の流域に位置する。地名の由来は,平安期地内に周防鋳銭司が置かれていたことによる。遺跡の一部は発掘調査が行われ,国史跡に指定されている。「続日本後紀」承和14年2月条に「周防国鋳銭司言。遷立司家東方潟上山者。許之,逐伐樹木也」とある。この場合の司家とは鋳銭司の庁舎という意。長門鋳銭司が周防(すおう)に移ったのは天長2年であるが,その場所は現山口市陶(すえ)小字地家の地で,この付近で銭貨鋳造が行われ,22年後の承和14年2月司家を東方の潟上山に移した。
【鋳銭司(中世)】 室町期から見える地名。
【鋳銭司村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【鋳銭司村(近代)】 明治22年~昭和31年の吉敷郡の自治体名。
【鋳銭司(近代)】 昭和31年~現在の山口市の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7193323 |





