東長野
【ひがしながの】

旧国名:長門
小月湾に注ぐ木屋川の左岸流域。集落は南北に連なる山々との間に開けた平坦地に立地する。地名の由来は,横1町余・長さ15町程の立地で,長い里であるところから長野といい,木屋川右岸の西長野に対して東長野というようになったもの(地下上申)。地内に西の原遺跡があり,弥生後期の多量の土器破片,石鏃2,黒曜石の不完全石鏃1,黒曜石破片2が出土した。また,中央部付近の台地から古墳時代の土師器・須恵器の破片が多量に出土した(豊田町史)。
【東長野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【東長野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7194194 |





