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平田開作村
【ひらたかいさくむら】


旧国名:周防

(近世)江戸期~明治初期の村名。周防(すおう)国都濃(つの)郡のうち。末武川と平田川に挟まれた平野部に位置し,南は笠戸湾に面する。地名の由来は,「平砂之観音」の平の字をつけたという平田の地で(地下上申),江戸期に干潟の開作が行われたことによるという。貞享4年,毛利就直(吉敷毛利氏)が平田・香力で干潟50町余の開作権を得て,のちに開作が進み,元禄15年に検地石盛がなされて成立した(譜録)。萩藩領。都濃宰判に属す。村高は,元禄15年検地1,057石余,元文5年647石余(地下上申),「注進案」808石余(田498石余・畑48石余・塩浜261石余)。元禄15年検地では1,057石余が吉敷毛利氏の知行高に組み入れられ,「地下上申」の647石余は「毛市正殿(吉敷毛利元直)知行之分,平田・香力開作之分」とある。両者の差は,享保6年,吉敷毛利氏の「開作地免不足之高」を減じたことで生じたものと考えられる(譜録)。「注進案」によれば,貞享5年毛利虎槌(一門厚狭(あさ)毛利就久)が当地を拝領し,「干潟江開作御築立相成候」と記しているが,これは誤伝と思われる。また,田34町余・畑3町余・塩浜11町余,小名は大呑丁村・下開作村・下香力村・平田浜,家数135・人数546(男292・女254),牛32,山船3,産物は木綿612反・塩1万2,509石余・繰綿39貫目・米330石余・麦64石余・大豆6石・大根1,370荷・茄子117荷。地内には,元禄元年に祀られた塩竈大明神がある。明治初期に平田村と改称したと思われる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7194300