平野①
【ひらの】

旧国名:周防
屋代島の北海岸(内浦)中部の入海の東端に位置する。「東は森村境祇園溝より南之薬師の本迄田畠を境」としたとあるように(注進案),森村との境に祇園社と薬師堂があるが,これは中世島末荘が発達して東方と西方に分かれた時,東西の境に祀られたものだといわれる。島末荘の氏子の分布も,ここを境として平野以西は下田の下田八幡宮の氏子であり,森以東は和田の筏八幡宮の氏子である。薬師堂から祇園社へかけての耕地から多数の土師器の破片が発見され,江の口墓地には五輪塔2基のほか小型の五輪塔3基がある。
【平野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【平野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7194303 |





