深川の通水路
【ふかわのつうすいろ】

長門(ながと)市東深川字井手口にある岩山をくりぬいた灌漑用水路。安永年間旧東深川村一帯の水田は,旧深川湯本村殿台から深川川の水を導水して灌漑していた。この用水路の途中は川片(かわひら)山の岩山が障害となってとぎれ,樋を架けて水を通しており,出水時にはしばしば樋が破損したり流失し甚大な被害を受けていた。農民の苦難を見た旧東深川村江良(えら)の国近久助は,岩山をくりぬくことを決意し,げんのうとのみだけを使用して,長さ10.6m,入口の高さ1m・幅1m,中央部の高さ75cm・幅85cm,出口の高さ85cm・幅1mの通水路を5年間かけて貫通させた。この結果,旧東深川村の50余町歩の水田を灌漑することとなり,現在でもこの通水路の果たす役割は大きい。以来,久助は岩穴鬼右衛門と称され,地元では今日でもこの通水路を岩穴鬼右衛門の洞門と呼ぶ。久助の使用したげんのう(5kg)とのみ(0.5kg)は,現在長門市中央公民館に保管されている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7194330 |





